土曜日の夕方、手術室で
土曜日の夕方。
ピピピピ、とPHSが鳴る。
僕は緊急手術中で、電話には手術室のナースが出る。
「先生、消化器内科の先生が診に来てほしいそうです」
ベテランの先生だ。
――ああ、あの人も手術が必要なのか。
今この患者さんを手術するために、
別の患者さんの救急対応を、その先生にお願いしていた。
「あと10分くらいで手術が終わるので、
終わったら行きますと伝えて」
そうナースに伝えながら、針糸を繰り、創部を縫合する。
自分を奮い立たせる。
自分がやらなきゃ、誰がやるんだ。
……。
夜の26時。
手術と術後対応が一段落し、カルテと手術記録を書きながら、ふと思う。
「しんどかったけど、今日はいい手術をしたな」
誰も褒めてはくれない。
ただ、自分で納得するだけだ。
医者が嫌いだった
「じゃあ、薬出しとくから。よくならなかったら、また来てね。」
いつも似たような言葉。
そして、どこか面倒くさそうな態度。
僕は小さいとき、医者が嫌いだった。
みんな偉そうで、言っていることはよくわからないし、
処方箋を出すだけで、何もしてくれない。
少なくとも、当時の自分にはそう見えていた。
医学部を受験した理由
そんな僕が医学部を受験したのは、家庭の事情からだった。
父は脱サラに失敗し、兄も大学を中退して方向性を見失っていた。
母から「お前は手に職をつけるように」と言われたのが、直接のきっかけだった。
母への親孝行のつもりで受験し、運よく医学部に合格した。
それでも正直なところ、医者になることには強い抵抗があった。
場違いな感覚
医学部に入学する時、
親とは「医者になりたくなければ、ならなくていい」という約束をした。
周囲には、医者になりたいという強い気持ちを持った同級生ばかりがいた。
その中で、自分だけがどこか場違いな場所にいるような感覚は、
しばらくの間、消えなかった。
知らなかったこと
3年生の時、生理学の授業で動脈と静脈の話になった。
受験時に生物を選択しておらず、
そもそも医療に強い興味があったわけでもない僕は、
恥ずかしいことに、どちらがどっちなのかを知らなかった。
それを知った友人たちは、目を丸くして驚いていた。
——そんな僕が、いまでは毎日のように血管を見分け、
結紮し、切離し、温存することを生業としているのだから、
人生というのは不思議なものだ。
いま思うこと
大した地点ではないが、
あの頃の自分を思えば、よくここまで来たな、と思う。
特別なことは、なにもなかった。
泥臭く、悩み続けた日々だった。
それでも、一日の終わりに、
こっそりと自分を誇れるようにはなった。

コメント