駆け出し① ― 外科医になった日

外科医として病棟に立った朝

外科医になった日。

入局試験を経て、初めての出勤。
白衣を着て、外科チームの一員として病棟に立った。

けれど――

何も知らない。
何もわからない。
何をしていいかもわからない。

学生時代のアルバイトのほうが、
まだ丁寧に仕事を教えてもらえた気がする。

若い先輩たちは忙しく駆けずり回り、
ベテランのチーフたちにはおいそれと近づけない。

そもそも、会話のレベルが違いすぎる。

病棟の片隅に立つ自分は、
どこか邪魔者のようだった。


教わらない時間

それでも、ただ突っ立っているわけにはいかない。

少しでも何かを吸収しようと、
先輩や看護師の動きを観察する。

何を見ているのか。
なぜ今それをするのか。
どういう順番で動いているのか。

誰も、はっきりとは教えてくれなかった。
尋ねても、「自分で考えろ」と返されることが多かった。

あれは突き放されていたのだろうか。
それとも、育てようとしていたのだろうか。

当時の私は分からなかった。


患者さんという居場所

そんな中で、救いだったのは患者さんだった。

患者さんだけは、
僕を一人の若い医師として見てくれた。

きちんと話をしてくれた。
診察をさせてくれた。

病棟で居場所を失っていた僕にとって、
患者さんのベッドサイドだけが、
自分の存在を確認できる場所だった。

あの頃は、患者さんのところへ行くのが
一日の中でいちばん楽しみな時間だったかもしれない。


変わる時代、変わらない土台

僕は、

外科の技術は、手術室で学んだ。
でも、医師としての土台は患者さんと向き合うことで育てられた。

時代は変わり、
いまはロボットやDX、AIを用いて手術も臨床も学んでいく時代なのだろう。

新しいテクノロジーは確かに有用で、
多くのことを効率化し、精度を高めてくれている。

けれど――

患者さんから学ぶという姿勢そのものが、
どこか古いもののように扱われる空気を、
時折感じることがある。

それでも、やはり思う。

あの駆け出しの一年で、
僕がいちばん多くのことを学んだのは、患者さんからだった。

そして今もなお、
患者さんと向き合うことでしか育たない部分がある。

その積み重ねこそが、
医師として、外科医としての土台になっていくのだと、
私は信じている。

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